『むーちゃん、何してるの?一緒に遊ぼうよ!』
 あ、霜月が呼んでる。
『わーい、しーちゃん。何して遊ぶの?』
 あれ、僕は応えていないのに。  一体誰が応えたんだろう。
 眩い白い光の中から、聞こえてきたその返事の方を見やる。
 それは―――。

 うっすらと目を開けると、既にカーテンを纏められた窓から、朝の太陽の光が零れていた。十一月でやや肌寒いが、久しぶりに快適な朝がやってきたようだ。そりゃそうか、ここまでぐっすりと寝たこと自体が久々なのだから。
「あ、目、覚めましたか?」
 そこには既に、寝巻きから制服へと着替え始めていた斑鳩がいた。
 というか、僕が居ること気にしないんですか、斑鳩さん。
 僕の冷めた目線の意味するところが解らないといった感じで、斑鳩はきょとんとしつつも、Yシャツを着終え、ネクタイを締め始めた。Yシャツが大き目なせいか、幸いなことにズボンを履いていない腿の部分などは、ベッドで寝ている僕には見えない状態だ。
「ネクタイよりも先に下履きなよ。」
 やんわりとアドバイスする。
「え?別に順番なんていいじゃないですか。」
 僕の珍しく親切なアドバイスに、斑鳩は全く解らないといった様子で、ネクタイを締め終え、ようやく靴下を履き始めた。
「……」
 なんかいうのも恥ずかしくなってきたので、斑鳩が着替え終わるまで、そっちの方を見ないようにする。
「睦月さん!目が覚めたなら早く起きて下さいよー!」
 と、布団を引き剥がそうとする。
「その前に斑鳩、お前が露出狂じゃないのなら今すぐズボンを履きなよ……。」
「だから何でですか?男同士なのに。」
「……まあ、別に着替えている側の斑鳩が気にしないならいいんだけどね。」
 はて、と不思議そうな表情の斑鳩。
 ……気にしたら、負けだ。
「むーちゃん、いかくん、ご飯出来たよー!」
 一階から霜月の声が聞こえてきた。
 若干気まずい雰囲気には良いタイミングだ。
「あ、はーい!」
 斑鳩の威勢のいい声。
 手際よく制服を着ていく彼。
「じゃあ睦月さんも早く起きて来て下さいね?二度寝は駄目ですよー!」
という言葉を残し、部屋を出て行った。
 霜月が起こしに来る前に、僕もさっさと着替えよう。今日は斑鳩もいるから、二度寝なんかしたら、二人にうるさく言われてしまうに違いない。

 斑鳩に管理されていたお陰か、学校では寝ることなく放課後を迎えることができた。
「それが当然なんですよ。」
 これは斑鳩の言葉。
 復習と予習をしていたお陰で、先生の言葉もいつもより分かりやすい言葉に聞こえたし……まるで斑鳩は僕の教育係のようだ。
「睦月さんのお役に立てるなら本望です。」
 心底うれしそうな表情の斑鳩。
 塾の宿題と復習・予習は昨日のうちに終わったので、今はよく理解できていない部分の質問タイムだ。
 時計を見ると午後7時半。
「もうすぐ塾が始まりますから、このくらいにしましょうか」
 塾は午後8時からだから、斑鳩の言うとおりだ。
 教科書と筆記用具を鞄に仕舞い込み、塾へ行く準備をし、二階の自分の部屋から廊下を経由し階段を下り一階へと歩く。
 玄関では、いつも通りに犬の文月が寝ていた。そう、僕には普通に寝ているようにしか見えなかった。
 霜月……と、斑鳩が僕を見送りに玄関へとやってきた。
「いってらっしゃーい♪」
 ダブルの笑顔が眩しかった。
「……いってきます。」
 ドアを完全に閉まる直前に、恐らく斑鳩に話しかけたのだろう、霜月の声がした。
「最近、ずっと寝てるんだって、文月……」
 寂しそうな声が、耳に残った。

 一難去って、また、一難。

 とはいう言葉が浮かんだ。
 正確には最初の、「斑鳩に管理される上にゲーム禁止」の一難はまだ去っていないし、まだ別の一難はやってきていない。
 まだ斑鳩は家にいるのだろうなと思いつつ家の扉を開けた。さすがに塾にまでは付いてこない斑鳩だった。
 玄関に入る。
 ふと、足元を見やると、いつも寝ている文月がいなかった。散歩だろうか?
 ドアの閉じる音で気づいたのだろう、霜月が迎えに来てくれた。
「むーちゃん!!」
 いつもの笑顔がなかった。
「ただいま、霜月。どうし」
「大変なんだよ!ふーちゃんが、ふーちゃんが、ふーちゃんが!!!」
 笑顔どころか、泣きそうな表情だった。
 ……いや、泣いている? 「慌ててどうしたの?」
 まだ靴も脱いでいない僕に、霜月が抱きついてきた。
 珍しく僕の「霜月」という呼び方に注意をしない。きっと余裕がないのだろう。
「落ち着いて話してみてよ。」
 こっちも抱いて、霜月の背中を右手でさすってやる。
「ふーちゃんが、っ……死んじゃったんだよ!」
 震える声。叫び声。玄関によく響く声。
 僕は、文月が死んだということへのショックよりも、霜月が泣いているということに驚き、呆気にとられていた。

 一難が、さらに重なってしまった。