死というものは望んで来る物ではない。それは当然のことであるが、僕は何度もそう望んだものだ。いや、現在進行形で望んでいる。僕はこの世に要らない…不必要なもののはずなのに、どうしてこう生きなければならないのか。霜月に比べると成績は最悪だし、取り得があるとすればネットゲームで霜月に勝てるというくらいだが、そんなことは、霜月がゲーム下手という理由によるものであることくらい僕だって理解している。つまり僕は何も取り得がないのと同意なのである。もうこれは、生かされているとしか言いようがない。僕のような頭の悪いヤツが入れるのはお金で入れる私立高校くらいなわけだし、そんなわけで、かなり親にはお金を負担させて戴いている。そう考えると僕はやはり居ない方がいいのではないかと思う。まぁ、親なんて、どうでもいいんだけど。
「だからって学校行かないわけにはいかないでしょっ!お母さんたちが一生懸命働いて作ったお金を無駄にしちゃいけないよっ!」
「僕が死ねばお金を掛ける必要がないじゃないか。」
「死んだら払った分が無駄になるでしょっ!」
 霜月の言うとおりだった。
 というわけで、今日も学校に行く。
「全く、いつもいつも朝はこうなんだから…低血圧にしても、もう少し早く寝てよねっ!」
 お怒りである。
 参ったなぁ…。
「ほらっ、返事はっ?」
「はいはい」
 さすがに毎朝あんな戯言を聞かされると、普段そんなに怒らない人でもお冠になるようだ。
 当然か。
「ほら、早くしないと間に合わないよっ!」
 朝食以外は速く食べられるのだが、どうも朝は鈍いようで、僕でもスローペースとなってしまう。思ったほど口が上手く動かない。
 家を出なくてはいけない時刻まであと10分、少々勿体無いとは思うが仕方ない。遅刻したら遅刻したで風紀委員の斑鳩が五月蝿い。着替えを済まし、玄関へと向かう。
「いってくるよ、文月。」
 玄関の隅に置いてある籠の中で、すやすやと寝ているのが文月だ。かなり年を食った、老犬である。13歳だったっけか。

 私立学校であるが故に、電車で通わなければならないのが僕の通う乙舳高校である。家から地元駅まで自転車で約10分、そこから更に電車で路線を2回変えて1時間半。家が田舎にあるため仕方ないにしろ、電車賃が高いという路線なので、…まぁ、当然のことながらお金がやはり、かかってしまう。
 生まれてしまってすみません、父と母。ちなみに姉の霜月と兄の水無月は、同じ地元の公立高校に通っているためのんびりと登校できる。羨ましいと思うが、それは実力の差がありすぎるので仕方ない。
 もう少し真面目に勉強するんだったな。

 8時20分。チャイム5分前。間に合った。
 これで斑鳩にうるさく言われることもない。
「おっはようございます、睦月さん!今日もやる気なさげですね!」
「大きなお世話だ、斑鳩。お前のハイテンションを僕に押し付けないでくれ……」
「そうですか?ハイテンションでいるほうが、人生楽しいですよ!」
 なんでこんな性格正反対なヤツに懐かれてるんだ、僕。
 ほっといてくれないかなぁ。
「お前みたいに都合よくできていないんだよ。」
「そんな!ボクだって簡単な構造で出来上がってるわけじゃないですよ!?」
「頼むから、頭に響くから、大声は止してくれ……言っただろう?僕は低血圧なんだ、って……」
「あっ、そうでしたっけ?」
「……。」
 毎日のように言ってるのに未だに覚えてもらえないとは……流石斑鳩、学校に着くまで鞄を忘れたことに気が付かない男。僕より遥かに頭がヤバイ。
 それでも何故か、成績は僕より良いだけならまだわかるが、しかし学年で一番良いのだった。
 頭、どうなってるんだ?
 斑鳩曰く、「きっと人生に役立つことしか頭に入らないんですよ!」とのことだが。
 ……僕が低血圧であることなんか斑鳩の人生に何の役にも損害にもならないものな。
 そんなことを思い出した僕の表情は余程険しいものだったらしく、斑鳩が「……どうしたんです?」と、珍しく遠慮がちに尋ねてきた。
「お前に言われたことを思い出したまでさ」
 嘘は吐いていないぞ、僕は。
「えええー!そんなーっ!そんなに低血圧だってこと忘れられたのがショックでしたかー!?」とおろおろし始めたと思ったら、「そんなショックな気分はハイテンションで追い返しましょう!ほらほら、元気出してくださいよ、睦月さん!」
 すぐに開き直りやがった。
 なんて奴だ。
「……本当、気楽な奴だよな、斑鳩は」
 なんというか、怒りを通り越してさらに呆れを乗り越えて、一種の感動を受けてしまう。
「だーかーらー、睦月さんもほら、笑顔笑顔!笑う門には福がいらっしゃいますよ!きっと低血圧も吹っ飛びます!だからそんな苦い表情をしていないで、ボクと一緒に笑いましょう!」
「やだ、つーか無理。僕が笑えないの知ってて言ってるだろそれ……」
「え?笑えない?」
 キョトンとした表情。これはもうさっぱり忘れてるな。
「僕は笑いたくても笑えないんだよ。ポーカーフェイスっていうと聞こえがいいけどね、どんな時でも表情を変えられないの。声だけなら笑えるけど、それはそれで不気味で福も寄り付かなくなるだろ?」
 なるほど、と頷く斑鳩。
 そう、よくテレビに出ている某弁護士のおじさんのように、僕は、笑えないし怒れないし泣けないし喜べない。それは外見上だけのことではあるけれど、しかし辛いものだ。斑鳩や、あるいは他の人達の様に少しは表情を浮かべることができれば良いのにと思う。しかしそれは、僕には無理な話だった。顔の筋肉の異常だとか、なんとか。そのせいであまり口は横に開かないし目もあまり大きくは見開けない。しかしそれは後天的なものではなく先天的なもの――つまり遺伝子的なものであったので、僕の責任では、ないのだった。
「斑鳩、憶えられないなら紙にメモっとけよ?何度も言うの辛いし、こればっかりは」
「確かに他の人が持っているものを持っていないっていうのは誰でも辛いことだとは思いますが、そんなに気にすることはないですよ!笑わなくてもきっと福は来ますって!」
 あれ、さっきと逆じゃん。まあ、いい。彼なりに僕のことを気遣ってくれているのだろう。
 と、その時。年代モノの鐘の音が響いた。
「あ、ホームルームが始まりますね。それじゃ、ボクは自分の席に戻りますね!睦月さん、今日も頑張りましょう!」
 元気な表情を見せつつ、僕の席から離れる斑鳩。
 その元気を少しでも僕に分けて欲しいものだ。
 もらい過ぎても困るけど。