オレが呆然としていると、サックスを持つ(休みの前の日にはだいたい持って帰っている)方の手から、不思議な声が聞こえてきた。
「彼女を探す?」
と。
 びっくりしたオレは、思わずサックスを落としそうになったが、なんとか持っていることが出来た。
 サックスの中から、声がした…?
 一応周囲を見回してみるが、人影はなく、車が行ったり来たりしているばかりだ。
 信号が赤になりかかっていたのに気がつき、とりあえず横断歩道を渡りきる。
「ねぇ、聴こえないの?私の声…」
 また不思議な声だ。
「…誰だ…??」
 辺りを再度見回したが、やはり誰もいない。
「ここだってばぁっ!!」
 サックスの入ったケースがカタカタ揺れ出したかと思うと、しばらくして
 ボンッ
と音を立てながら、中から煙のような、水蒸気のような、得体の知れない物体が噴き出してきた。
「うわぁっ!?」
 とりあえずサックスのケースをそっと地面に置き(壊したら大変だからな)、少し離れて様子を窺(うかが)うと小さな人影が浮かんできた。
 薄っすらと見えてきたものは…小人、だった。
 耳が長くて羽が生えているから、小人というよりは妖精の類だろうか。
 ともかくそれが、オレのサックスのケースの上にのほほんといった感じで座っていたのだ。
「私の姿、見える?声、聞こえる?」
 オレは自分の目を疑った。
 こんな世の中、妖精なんているわけがない。
 頬を引っ張ってみたが、痛い。
 やはり夢ではないらしい。
 目が合うと、彼女が
「良かった、見えるのね、翔。」
と言った。
 突然自分の名前を呼ばれたので、驚いて言った。
「なんでオレの名前…」
と。
 すると彼女はこう答えた。
「当たり前でしょっ。もう5年の付き合いなんだからさ。」
「5年…?オレはお前のこと見るのは初めてだぞ。」
 そして彼女は『あ、いけないっ。』と言った風に照れ笑いをし、
「私はキャロライナ。あなたのサックスよ。」
と言った。
 …えっ…!?
 キャロライナ…?!
 サックス…??
「う…嘘…」
 何故か顔を赤くしてしまった。
 サックスの、妖精…??
「正確に言うと、あなたのサックスに棲む精霊ってところかしら。」
「そ、そんな…本当に…?」
「そう、本当よ。あなたがサックスを吹いている時、音を良くしているのも私よ。」
 えっへん、と胸を張る彼女。
「だって私の棲む家を綺麗にしてくれたり名前も付けてくれたんだもの。お礼はやっぱりしなくちゃいけないと思って。」
 呆然と立つオレ。
「そうそう、ゆきちゃんがいなくなっちゃったけど、見つけたい?」
 急に話題を変えられてしまう。
 キャロライナのことをもっと知りたい気がしてしまうが。
「そりゃ、見つけたいさ。でも、探すったって、どこをどう探せばいいのかがわからないからどうしようも…」
「じゃあ私が教えてあげるから、探しましょう?」
 オレの言葉を遮(さえぎ)って、彼女―キャロライナが言った。
「えっ…!?何で知ってるんだ!?」
「『声』、聞いたでしょ?『オマエノカノジョヲサラッタゾ。』っていう…」
 逆に訊かれてしまった。
 確かに、聞こえた。
 でも、あの声がゆきのいる場所と一体どう関係があるのだろう。
「ああ…聞こえたが…?」
「その声、私の知っている人のものなの。“月の陰”と呼ばれている人の、ね…」
 月の陰…か。
「その、“月の陰”は何故ゆきをさらったんだ?」
「生け贄にするのかもしれないわ…」
「生け贄…!?」
 生け贄、ってことはゆきは喰われちまうのか…?!
「正確に言うと、彼女の血を吸うことによって、寿命をさらに長くしようとしているってことね。月に1回、新月の夜に、その儀式は行われるのよ。」
 そういえば、この辺りの地域は、月に1回くらい何人かの行方不明者が出ている。
 そして行方不明になったものは二度と発見されることは無かった。
 だからこの辺ではそのことを「神隠し」と呼んでいる。
 しかし、血を吸うとなると…神じゃなくて…
「この辺りに住む悪魔達の仕業なのよね。」
 やっぱり!
 って……あれ……?
「もう5年も一緒にいるんだもの。心くらい読めるわ。あ、ちなみに“月の陰”はその悪魔達の親玉なのよ。」
 心が読めるってことは秘密になんて出来ないじゃないか…!?
「大丈夫よ。本当に隠したいことは私には読めないから。」
 でも。油断は禁物だな。
 するとフフッ、と彼女が笑った。
「ところでその、“月の陰”達の居場所はわかるのか?」
「わかる…けど、まず家に帰ってからにしましょ。新月までにはまだ日もあるし。」
 嫌に落ち着いてるな…
「とりあえず、そうすっか。」