「この詩…誰が書いたの?」
 ゆきがわら半紙の裏に書いてあったそれを見て言った。
「オレだよ、オレ。」
 ゆきに照れた顔を見せないようにしてオレは言った。
「えーっ!?うっそぉ!文才の無いかけるがこんなこと書くなんて信じられない!」
 そこらに散らばった楽譜を整えながらも、オレにキツイ言葉を投げかけた。
「…信じる信じないはゆきの自由だから…別に無理して信じんでもいいけど。」
 My楽器(「キャロライナ」という名前をつけてみたりしている(苦笑))の汚れを丁寧に落としながらもオレは呟いた。
 こいつはオレが中2のころ、親に買ってもらったSaxだ。
 もうこいつと出会って5年目になる。
 いつもお世話になっている訳だから、ときどきこいつの日頃の汚れを拭き取ってやるのだ。

 ここは音楽室。
 吹奏楽部の部室として放課後に使われる場所だ。
 オレは吹奏楽部の部長をやっていて、Saxを吹いている。
 そんで、今オレのとなりで楽譜を整えているのが「楽譜係」の前崎ゆきな。
 クラリネットパートのリーダーもつとめている。

「かけるー楽譜整え終わったよー。ねぇ、早く楽器片付けて帰ろうよぉ。」
「わーったよ。片付けるから急かすな。」

 そう、オレの名前は「井村 翔(かける)」という。
 ありがちな名前で、オレは好まんが。
 漢字がなかなか面倒なのでよく名前を平仮名で書く。
 その方が、親しみ易さがあるし。

 サックスのマウスピースを取り、唾を抜き取り、ネックを取り外してまた唾を抜き取る。
 サックスは曲がっている分、クラリネットやフルートに比べて片付けや唾抜きに時間がかかる。
 アドルフ・サックスは何を考えてこんなにうねうねした楽器を作ったのか。
 …まぁサックスにもそれなりに利点はあるが。
 その利点に惹かれて5年以上もサックスを続けられたのだから。

「もうオレら、高3なんだよな。」
 ぼそっと呟いてみるオレ。
「な、なーにしみじみしちゃってるのよ。今さら高3を実感したって遅すぎるんだから。さ、早く帰ろ。」
 ゆきのつっこみ。
「わかったよ。帰るぞ。」

 学校の外は、もう真っ暗。
 黒い空には星々が煌(きらめ)いていて、それらと同じように月も浮かんでいる。

 オレはまだ高3になったばっかりで、高2から予備校に通い始めたせいか、受験生だという実感があまりない。
 だからさっき、あんなことを呟いてみたりしたんだ。
「こうして夜遅くまで残って一緒に帰るのも今年の9月くらいまでなのよね。」
「そうだな。」
 オレとゆきの志望校は別々で、受かるにしろ受からないにしろ、バラバラになってしまう。
「ゆきがいなくなると…さびしくなるな。」
「よっ…よくそんな恥ずかしいこと平気で言えるわね!」
 ゆきの怒鳴る声。
「そうかな。」
と、ゆきに目を合わせてみる。
 バコッ
「いたっ!!」
「いー加減にからかうのやめてよ!もう高3なんだよ!ったく。」
 ゆきに鞄で殴られた…イタイ。

 一緒に帰ったりしているが、オレとゆきは恋人仲、というわけではない。
 腐れ縁、ってやつだ。
 家が近いから、よく小さい頃から一緒に遊んでいた。
 そして小学校、中学校、高等学校と、ずっと同じクラスで、嫌と言うほどお互いの顔を見ている。

 今は横断歩道の前。
 信号待ちだ。
「あ、そうだ…明日…」
 ゆきが顔をこちらに向ける。
「なんだ?」
「明日さ…」
「あ、信号が青になった。渡ろうぜ。」
 信号を指差す。
「う…うん、そだね。」
 向こうに向かって歩き出す。
「で、明日が何だって?」
 ゆきの言い掛けた言葉の続きを問うてみる。
「そうそう、明日、せっかくの休みだから、どっか行かない?ちょっと重要なことも言いたいし…」
「重要なことって?」
とオレが訊くと、ゆきは前に駆け出し、こちらを向き、
「ひみつッ♪」
と言い、姿を消した。
「ゆきッ!?」

 あっという間だった。
 丁度右折してきたトラックが、ゆきに気が付かなかったらしく、彼女を轢(ひ)いてしまったのだった。
 でも、トラックに当たった瞬間、ゆきの姿は消えたのだ。
「オマエノカノジョヲサラッタゾ。」
 一瞬、そんな声が聞こえた気がした。
 オレの彼女じゃないのに。
 なんで泣きたくなるのだろう。